David Grisman (デヴィッド グリスマン)
David Grisman ( photo for promotion ) // © Dawgnet

10代の頃をニュージャージーにて過ごしたDavid Grismanはほどなくしてマンドリン奏者であると 同時に民俗学者でもあるRalph Rinzlerに出会いマンドリンを教わることになります。

当時Grismanはピ アノも習っていたらしく、その先生に反対されるが、そんなことお構いなしにBill Monroe(ブルーグ ラスの父と呼ばれるマンドリン弾き)スタイルマンドリンを演奏することを学んでいったのだそうです。

1963年にGrismanはthe Even Dozen Jug Bandのアーティストとして、またRed Allen, Frank Wakefield and the Kentuckiansのプロデューサーとして最初のレコーディングを行いました。 1966年にはRed Allenから真正のブルーグラスバンドであるthe Kentuckiansとの初仕 事を依頼されます。

この頃からBill MonroeやJesse McReynoldsFrank WakefieldのようなGrismanにとってのブル ーグラスマンドリンのヒーローたちの勉強をするかたわら、オリジナルの曲を作り、後にOld & in the Wayを結成することになるPeter RowanJerry Garciaなどの他の都市の同世代の人と演奏する ことをはじめていきます。



1967年になるとGrismanの興味はJazzに向けられるようになりました。

彼自身アルトサックスに挑戦して うまくいかなかった経験があり、その経験が生涯にわたって彼にジャズの音楽的才能と理論とを学 ばせることとなったんだそうです。一方で、セッションミュージシャンとしての素晴らしい経歴は彼に他のジャンル(ジャズジプシー・スウィングラテンなど)の 音楽を演奏する経験やマンドリンの可能性を広げる機会を与えました。

例えばBela Fleck, the Grateful Dead, Stephane Grappelli, Emmylou Harris, Chris Isaak, Dolly Parton, Bonnie Raitt, Linda Ronstadt, Earl Scruggs, James Taylor等とこれまでに演奏をしています。

カラーなグリスマン。もう、おじいさんですねぇ。→
// © Dawgnet

1974年にDAWGの基礎とも言うべきthe Great American Music BandRichard Greeneとともに 結成。そのコンセプトは「歌なしで90分演奏してやる!」だったそうです。

Greeneが去った後、ギター 弾きのTony Rice、ベースとマンドリン弾きのTodd Phillips、ヴァイオリン弾きのDarol Angerらとthe David Grisman Quintet(以降DGQ)を結成。ここにDAWGが誕生したのです。

はじめ、Grismanの始めたDAWGミュージックは全く受け入れられませんでした。特に本筋ブルーグラ ッサー達からは非難されまくったらしいです。(あまり大きな声ではいえないけど、今でもDAWGを嫌ってるブルーグラッサーはいます。日本人でも然 り。)

しかし、DGQでの2作目となる「HOT DAWG」は米ビルボード誌ジャズチャートで1位を取る快 挙を達成しブルーグラッサー達にも徐々に受け入れられていくことになります。



※ 上の文章ではDawgnetの文章を参考にしています。[ →Dawgnet ]